Seakayaking , Backcountry Skiing , Mountain Trip ...... It's My SLOW LIFE
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012年の春④ 事故後の責任
今日はリハビリが休みの日。
唯一頼りにしているリハビリがないと、とても不安になるが、
なんにでも休みは必要だ。

ホームタウンに戻ってお世話になった病院では、
ほんとにいいドクターとリハビリの先生に出会えた。

毎日お世話になっているリハビリの先生は、
九州ではトップを走る社会人のフットサルチームで活躍されている方らしく、
現役のバリバリアスリートだ。
仕事とスポーツとの両立は思う以上に過酷だと思うけれど、
自分ががんばれているから患者さんにもがんばれと言えると言われていた。

ボクの膝は、いろんな先生方から見ても、この先、山に登るにはかなり黄色信号らしい。
でも、また山に登りたいと思うボクに対して、厳しいことを言いながらも、
山に登れるようにと、ほんとに熱心に治療を施してくれる。

だから、また、自分もがんばれる。


◆事故後の責任

 病院近くのヘリポートに着陸したら、ボクはすぐに救急車へと引き渡された。
そして、救助の方々に十分にお礼を言うこともできずに救急車は病院に向かった。
0:15P.M.

レントゲンの結果、ボクの右足はひざ付近の粉砕骨折といわれるものだった。
そういわれても、自分ではわからないが、手術対象ですがどうしますかと問われた。
当然入院での治療になるそうだ。
1ヶ月以上はかかるということなので、
なんとか地元に帰って治療したいと伝えた。
では、連れて帰ってくれるはずの友人に説明するからと、2人の到着を待った。

そのころ、シゲさんとQちゃんは下山をしている途中だった。
楽しみにしていた沢を滑る事ができないばかりか、
下山時にはボクの道具一式を持って、
ただただ歩いて戻るしかできなかっただろう。
003.jpg


病院で待ち受けていたのはドクターだけではなかった。
3人の警察官が事情聴取という形でずっとボクに張り付いていた。
診察・治療に合間があれば、ストレッチャーで運ばれている間も、
止まってうなっているときにも、矢継ぎばやに質問が飛んできた。

12時過ぎに到着した病院で警察の尋問から開放されたのは1時間半後くらいだろうか。
どれだけの情報が必要なのかわからないが、尽きることのないほど、
今回の行程以外のことにもたくさんの質問が向けられた。
こうやって、迷惑をかけたのはどういった人間たちで、どのようなことをしたからかを
はっきりとさせるために、事故後には責任を負わなければならないのだ。



同じ頃、下山して駐車場へ戻ったシゲさんとQちゃんをも
事情聴取が待ち受けていたそうだ。
そこで30分以上もの聴取が行われたとのことだ。
ボクのところへは3人の警官が来ていた。
今回の事故で、これほどたくさんの人員が動かされていたことにも驚き、
改めて申し訳なく思った。

4:00P.M.




ボクの荷物まで担ぎ下ろしてくれて予想以上に下山に時間がかかった上に、
警察の事情聴取で2人が解放されて病院に到着したのは午後4時ごろだった。

病院で応急処置をしてもらって帰宅を待っていたボクは、
待っている間も激痛が続いていた。
少しでも足が動こうものなら飛び起きてしまいそうなくらいの痛みが走る。
この状態で、この後6時間以上も車に揺られて帰ることができるのだろうか。
とてもそれはできることではないことを悟り、ドクターにここでの入院治療をお願いした。

病院に到着した仲間にもドクターは説明をして、
その後は2人が入院の手続きを行ってくれた。

そうしてボクは、自力で動くことができるようになるまで、
現地に滞在することになった。




関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。